東彼杵にある、米倉庫をリノベーションして建てられた『Sorriso riso』。『くじらの髭』としてオープンし、そこの店長を任せられた菅野谷亜弥香さんは、働き始めてもうすぐ2年が経とうとしている。
「10年せんと一人前とは言えんけんね」。祖父がくれた言葉を胸に、今も誠意を持って仕事にあたる。
菅野谷「何か仕事を始めると『どうね? 慣れたね?』と祖父は必ず私に問いました。『まだまだやねー』って言ったら、『当たり前やろ、10年経たんば一人前じゃないとやけん』と(笑)。でも、そこで『確かにそうだよな』と思い知らされたんです。そこからずっとその言葉が胸の中にあるんですよね。私、10年以上同じ職場で働いたことないんですよ」
地元東彼杵の障がい者施設の事務員として就職し、施設長や現場の方からのお誘いを受け、介護職員としての人生が始まった。その間に結婚、出産を経ても正社員を続けていた。だが、施設は夜勤をすることが正社員の条件だったため、2人目が8ヶ月の時には既に仕事に復帰し、夜勤もこなしていた。精神的な余裕はまるでなかったという。
菅野谷「夜勤は正社員であれば続けないといけないと頑張っていました。その時に精神的に余裕がなかったと思います。マイクロバスの運転も頼まれていたけど、25歳の時の私には家庭と仕事を両立するだけで精一杯で、精神的に余裕がなかったので、このままではだめだと勝手に思ってしまって、環境を変えようと思って辞めました」
そうして7年働いた施設を辞め、訪問介護へと転職。訪問介護はサービス提供責任者として入社するも、半年経たないうちに管理者代行の役職をもらい、そのまま大村事業所の管理者となった。訪問介護で務めている時に祖父が死去。入院中に週3,4ほどお見舞いに川棚まで通うのが精一杯で、介護してあげれず、看取りや最期にも立ち会えなかったという。介護の仕事をしているのにと考え出した時期。その後、3人目を出産。育児休暇を経て仕事に復帰するも、身内や家族との付き合い方を改めて考える機会となった。
菅野谷「介護の仕事を一旦離れようと思ったのは、家族をもっと大事にしようと思ったからです。家族のために仕事しているのに、いつしか仕事のために家族を犠牲にしていたので。笑顔も少なくなっていき、仕事のイライラを家族にあてたこともありました。どっちも悪循環で、私にとって家族のために働くのが本来の目的なのに、ちょっとおかしいって思ったのがこのくらいの時期ですね」
もっと自分の近くにいる人を大事にしたい。そうできる環境を作りたいと考え、薬局へと転職した。
菅野谷「家庭のためにお給料とか時間を考えて薬局を選びました。お盆も年末年始もお休みなので家庭の面では充実しました。少し物足りなさを感じつつも、家族や休みのために仕事を変えたから割り切っていました」
休みの時は家族と過ごしたり、お子さんのサッカーを見に行ったりなど、優先すべきものがそれだと気づいた菅野谷さん。仕事を変えることは全く考えていなかった。だが、自身が熱しやすく、冷めやすいこともわかった。家庭を大事につつ、自分も笑って楽しい仕事に就けないものか。と、思っているときに運命の歯車が回りはじめる。
それは、薬局で勤務をして一年が経たない時だった。
「なんでここで働きよるとー?」
中学時代の同級生で、東彼杵町にあるデザイン事務所『小玉デザイン制作室&千綿写真』の小玉大介さんがたまたま薬局に来た時に言われた言葉だった。「薬局似合わんよ」とも言われたことが、妙に引っかかっていた。
当時、再び町に賑わいや活気を戻すために、『一般社団法人東彼杵ひとこともの公社』代表理事の森一峻さんを初めとする地元の人々が、米倉庫をリノベーションしてSorriso risoの取組みをしていた。その中の店舗を公社直営にしようと考え、話をしたいということで呼ばれた。
菅野谷「こういうふうに町を活性化させたいとか。女性が働きやすい仕事場を作りたいとか。森君がお店のコンセプトから関連する町内の取組みまで説明してくれました。現在、東彼杵町は千綿をメインにPRを謳っている状態で、私の中では彼杵まで普及してほしいと考えており、そのお手伝いができるのであればということで仕事を引き受けました」
菅野谷「仕事内容は正直分からなかったです。何をするとかも聞かされていなかったので。ただ、一緒にしたら楽しいのではないか? とか、家族も大事にしながら働けるのではないか? という思いで引き受けました」
小玉さんと森さんが笑顔で楽しそうに話をしているのを見て、「一緒に何かしたら楽しいのではないか?」という想いを抱いた菅野谷さん。そこから一緒に働くうちに、WEBサイト”くじらの髭”が生まれ、sorriso risoではそのぎ茶をメインで販売する形が出来上がっていった。2人との出会いがきっかけとなり、自身も仕事に対する面白さや新しい挑戦へのやりがいを感じるようになっていった。
現在は、森さんと共にイベント先に向かったり、商談や新商品企画に一緒に参加したりと、何かと多忙な菅野谷さん。お店で取り扱っている商品にも、生産者とのやり取りが見えるため愛情が沸いてくる。
菅野谷「森君に茶箱の工場に連れて行ってもらった時も、そこのおじいさんと顔見知りになりました。再度注文するときに、『本当に売れたとね?』と驚かれ、『また注文します』と話すと喜んでくれたり。また、お茶農家さんや茶商さんなど直接お店に納品してくれるから、そこで色々話すことで愛情を持つようになります。『もっと売らなきゃ!』という想いが芽生えますね」
生産者にスポットを当てたいというのが商品のコンセプト。直接会うことで、どのような人が、どのような理由で商品を作っているのかを知る。そうすると、売る側として商品に愛情が生まれる。ただ売るだけでなく、生産者の想いを汲み、愛情を込めて売ることが自身の喜びにも繋がる。
人と人を繋ぎ合わせることで何かが見えてくる。繋がりを見つけることで、そこで新しく何かが生まれる。この化学反応を楽しんでいる菅野谷さんが居た。目には見えず、心で感じること。「人」というのは、繋がりで出来ている。「繋がり」というものも、人によって成り立つ。
働き始めて10年目でなくとも、様々な経験から仕事への想いが強く、愛情深く人と接している彼女は、立派な一人前の大人として映った。
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