海月と書いて、“くらげ”と読む。確かに、クラゲが海の中をゆったりと漂う様は海に浮かぶ満月のようで、見ている者を魅了する。東彼杵町にある『海月食堂』も、老若男女が一息つくために訪れては、時間を忘れてゆったりと漂う。『マクロビオティック』や『ビーガン』を取り入れたオーガニック野菜を中心とした食事は、滋養に富んでいて身体に優しい。運営をしているのは、共同代表の黒澤希望さん(写真左)と新井明香さん(写真右)。性格はそれぞれ全然違うものの、どこか波長が合っているふたり。お互いにないものを補いながら、ふたりは今日も東彼杵の地で、食を通して健康のあり方や心の豊かさを発信していく。
今となっては、県内外から人々が訪れる人気カフェであり、町民の憩いやコミュニティーの場としても機能する、”東彼杵の新しい顔”のひとつ。そんな、海月食堂を語るには、6年以上前に遡る必要がある。
新井「実際にお店としてオープンしたのは4年前になるんですが、店舗がない状態でやっていた期間も含めると、2021年の7月30日をもって結成まる6年です。その日に二人で会って、食堂をやろうと話し合いました」
黒澤さんは2011年、新井さんは2015年にそれぞれ東彼杵町へ移住している。詳しくは、それぞれの「ひと」記事を参照して欲しい。
新井「私が東彼杵町へ移住した当時、前の町長の発案で”オーガニックタウンを作る”という計画があり、NPO法人として農作業や料理ができる人を集めていました。私にも声がかかり、そこで彼女と初めて出会ったのがきっかけです」
黒澤「当時、お店は持っていなかったので、海月食堂という名前で場所を借りて出店したり、道の駅でお弁当を出していました。しかし、2年の月日が経つうちに、団体として考え方や方向性にズレが出始めたんです。このまま、NPO法人としてやっていくのは難しくなったんですが、海月食堂は存続させたいということで、現在の建物を借りて私たちふたりで独立したのが、ちょうど4年前になります」
組織はやむなく解散することになるのだが、意気投合したふたりは、店舗を構えてふたりで一歩を踏み出した。自分たちの目指す未来が同じだから、共に歩めた。
黒澤「彼女とは、食やライフスタイルに関して目指す方向が一緒でした。私が移住を決意したのは、3.11の震災がきっかけです。アレルギーや喘息を持つ子どもを配慮し、自然豊かなこの地で安心して病気の予防や改善をしたいと考えていました。また、私自身も都会の消費型の生活に疲れ、便利であることだけを求めていたわけでないことに気づきました。ただ、自然の多い環境の中で、生産性のある生活をしたかったのです」
新井「私も難病を患う子どもがいて、東日本の震災がきっかけで地元の田んぼや海といった自然に対する思いが強くなって移住しました。彼女とは境遇が似ているし、だからこそ”食”や”環境”というところで考えが一致していました。なるべく自然の良いものを体に取り入れたいという思い、そして環境にも配慮したいというコンセプトが合致していたので、このままやっていきたいなと思って今に至ります」
たまたま同じ横浜の地で長年暮らしていたこと。都会での暮らしに違和感や不安を感じるきっかけがあったこと。病気を患う子どもを育てているということ。さまざまな環境や境遇が酷似していたふたりにとって、一緒に何かをやるいうことはもはや必然のことだったのかもしれない。ところで、”海月食堂”というネーミングが気になる。
黒澤「私が付けました(笑)。本物のクラゲをイメージしたのではなく、海や月という漢字が好きで、それが揃って”くらげ”と読むんだと。私たちがやっていることは、食事を作るだけではなくて生活そのものを作っているわけで、海や月が満ちたり欠けたり、自然のサイクルの中にいる。それが象徴的で、自然のリズムに自分たちの生活を合わせていけたらという願いを込めました」
新井「女性は特に月のサイクルの影響を受けますよね。潮が満ちて、引いて。満月があって、新月があるように。自分が田舎で育ったからこそ、子どもたちにもその土台を感じ取って欲しいですよね」
現在の店舗は、二人が海月食堂を始めるまでは、それまでずっと貸さないと言われていた場所だった。しかし、たまたま大家の方に話をした際に、借りれることになりとんとん拍子で話は進んでいった。
新井「Sorriso risoもすでにオープンしていて店同士が近かったこと、あとはリノベーションで元々あるものを活用できることが決め手でした。元々、そうめん工場だったんですよ。24年前に閉店したんですが、給食の麺類なども作っていたところで、町の生活に密着してた場所でもあった。だからこそ、私たちも使わせていただけたら嬉しいという思いがありました。海月食堂と言ってもわからないけど、『製麺所の~』と言えば、大抵の町民の方はわかってくださるので。2階建てだったこともあり、そのまま2階のスペースを作りたかったのですが、シロアリに食われていたので吹き抜けにしました」
場所を借りるという不便さから自由になりたい。そんな思いから、飲食系の各営業許可を自分たちで取りさえすれば、自由に営業ができると考えていた。しかし、実際に店を持つというのは簡単なことではないということを痛感した。
新井「初めてのことだから不安も大きかったです。借金も抱えるし、だからこそ営業しないといけない。店を構えて2年間くらいは、体を壊しながら運営していました。自由になるためにやり始めたことだったはずなのに(笑)。お金にも場所にも縛られて、不自由さを感じるという……。ですが、トライ&エラーを繰り返しながら営業日や休みをその都度調整して。おかげで、今は結構安定していると思います」
黒澤「でも、何だかんだで自然にやれています。何かあるとふたりで気軽に打ち合わせをすることができています。役割分担も大体決まっていて、私は料理を作るのが得意だから料理を担当する。彼女はお菓子が作れるし、SNSの発信が得意でお店の運営や広報が出来る。そして、ふたりでやっている店だから、周りの仲間も出入りして楽しんで手伝ってくれたり。なので、仕事だけの場所ではなく、生活の一部になっている場所だと思っています」
新井「たまに夜までやってみたり、本当にいろいろ試行錯誤をして今の状態にたどり着いています。それだけ、子供を見ながら食事ができる場所をこの町のお母さんに提供したかった。自分たちが子育てで苦労したからこそ、そして、自分たちの目線だからこそできることがあると思っています」
今後も、海月食堂が町の人にとって一息つける場所で在り続けるため。その想いで、彼女たちは今日も活動する。頑張り過ぎず、できる範囲で少しずつ。
新井「自分たちは歳をとり、体力面では必ず落ちていきます。その中で、自分たちの生活を維持していくのは、雇われていない分リスクも多いわけで。自分たちの10年先を見て手放せるところは手放して、それでも活動して経済を循環させるような方法は考えていきたい。環境に配慮する。添加物は使わない。そういう想いは大事にしながらも、自分のライフスタイルや体調も変化していくことを考えながら準備していきたいと思います」
黒澤「私は、実家の横浜に、もう少し行き来できるようになりたいですね。そういう生活を送るにはどんな運営をすれば良いかを考えていくのが課題です。お店というよりは、個人的なことなんですが。きっと、この場所にずっといるのではなくて適度に外に出ることも大事なのだと思います。季節の野菜を取り入れたプレートを作っているんですが、イメージするときにお店の中だけにいても膨らまないから、例えば海外に行って本場のスパイスを味わったり、知らない食材に出会えたり、アウトプットとインプットを交互にできるような環境が理想かなと思います」
新井「私たちが無理せず続けられる生活を送るべく、海月食堂も次のステージへ。例えば、オリジナルのドレッシングといった商品の通販を始めています。都会の人たちからすると、商品を求めても近くにないことが多く、遠くても必要な人に届ける通販を強化しても良いのかなと。また、コロナでお店を閉めなくてはならなかったり、人同士の接触も断たれている状況下では、ネットを介した繋がりを増やしても良いのかなと思っています」
海月食堂は、SDGsについても考え、取り組んでいる。”自分たちは、自然の一部”。そう考えると、なるべくゴミを出したくないから、過剰包装はしない。身の回りにある問題に気づき、その芽をどう摘むか。自らの経験をもとに、発信する。
新井「SNSで自分たちの考えだったりを発信していこうと思っています。SDGsのこの部分をやるのではなくて、女性だからこの部分に敏感に反応し、守りたいという思いが生まれます。ですが、それって平和活動も、環境活動も、経済活動も、教育活動も、全てひっくるめて点と点とで繋がっているはずです」
黒澤「ですから、そんなに肩肘張らずに。自分が嫌だなと思うことを改善したい。そのために、自分たちができることを無理せずやるというだけです。東彼杵町は自然が豊かで、自然のエネルギーをもらえます。なので、この地の良さがこの先も残り続けて欲しいですね」
新井「私の子は、長崎に帰ってきてものすごく病状が良くなったんですよね。これまで、生きるか死ぬかという状況を何度もしていて毎年入院をしていたけど、ここ一年は入院しなくて済んだとか、一年手術しなくて済んだとか。成長とともに良くなっているのが目に見えてわかります。都会で過ごしてて同じようにできたかなと考えると、きっと違ったかなと。土地そのものにパワーや魅力があるのだと思います」
長崎県東彼杵郡東彼杵町瀬戸郷1102-2
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